貯め倒れ

「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」に対して「名古屋の貯め倒れ」といいます。

名古屋人は倹約家で質素で計算高く、どこへ出かけるにも財布と相談して、無駄遣いは絶対にしないのです。

たとえば、名古屋駅では、駅前のレストランは8時にはほとんどが店を閉めてしまいます。

大きな駅なのに人通りも絶え、真っ暗になってしまいます。

その代わり屋台のラーメン屋が建ち並び、結構客が入ります。

倹約家の名古屋人が相手では、レストランは早じまいするしかないのです。

そうして節約したお金を、名古屋人はせっせと貯金します。

ですから当然、貯蓄率は全国でもトップクラスになります。

そのせいか、愛知県には銀行が非常に多くあります。

人口当たりの比率は全国いちばんになるし、愛知県出身者は銀行家としてもじつに有能なんだそうです。

ただし、貯金の方法がいかにも名古屋的で、ひとつの銀行にまとめて預けることはせず、いくつもに分散させます。

もうひとつ、東京などと比べて目立つのは「タンス貯金」の多さです。

とにかく名古屋人は熱心にお金を貯めるようです。

これだけ手堅いので、銀行も安心して資金の融資ができるのですが、困ったことに借りてくれる人が少ないんだそうです。

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「クハ」「サハ」など電車の記号の意味

電車の側面の真ん中や端のほうには、電車の種別を表す記号が書かれています。

JRグループの車両や私鉄などに採用されています。

これは基本的に最初のカタカナ記号と3ケタの数字により車両の型式を表しているそうです。

最初のカタカナが運転席やモーターの有無を表す記号で、「ク」は運転台がある制御車、「モ」はモーターがついている車中間電動車、「クモ」は運転台もモーターもついている制御電動車、「サ」は運転台もモーターもない付随車です。

次のカタカナは車両設備を表し、「ロ」がグリーン車で「ハ」が普通車、「ネ」が寝台車、「シ」が食堂車、「ユ」は郵便車、「ニ」は荷物車です。

2つのカタカナを組み合わせると、「モハ」がモーターつきの普通車、「クハ」は運転台つきの普通車というようになります。

次の3桁の数字は100の位が電気方式の直流、直交流、交流を表します。

10の位が電車の使用用途で、通勤型、近郊型、急行、特級、試作車を表します。

1の位は製造された順番で、例えば231は23という系列の1番目の型というように表しています。

そのあとハイフンをはさんで各車両の固有番号が書かれています。

新幹線はすべて記号がなく数字だけで表していて、最初の数字が1なら100系となります。

ノーベル数学賞

ノーベル賞は、世界的にも有名な賞です。

この賞は、物理学賞、化学賞、生理学医学賞、文学賞、平和賞、経済学賞という6部門から成ります。

もともとは経済学賞を除いた5部門でしたが、1969年に経済学賞が新設され、計6部門になりました。

ノーベル賞には数学賞はありません。

建築賞、音楽賞といったものもありません。

ノーベル賞はアルフレッド・ノーベルの遺言によって設けられたものです。

ノーベル賞に数学賞や建築賞などがないのは、数学(数学者)・建築(建築家)に対して授賞することを遺言していなかったからです。

ノーベルが遺書の中で支持していたのは、物理学賞、化学賞、生理学医学賞、文学賞、平和賞の5つの賞だったのです。

遺産のうち、換金可能なものは有価証券に換え、基金を設立し、その利子を5等分して、5つの賞にたいして与えることを遺言していました。

そこには数学賞はなかったのです。

そのため、ノーベル賞には数学賞がないのです。

なお、数学にはフィールズ賞というものがあり、1936年に設けられています。

この賞は、数学界のノーベル賞といわれているのです。

4年に1度行われる国際数学者会議で、40歳以下の数学者2~4人に授与されるそうです。

大仏の重さ

鎌倉の大仏は「長谷の大仏」とも呼ばれ、奈良の大仏が大仏殿に入っているのに対して、野ざらしになっています。

「長谷」は地名で、大仏のある寺の名は高徳院(大異山浄泉寺)といいます。

鎌倉の大仏は、最初は木造だったんだそうです。

現在の大仏は2代目ということになります。

建長4年(1252年)にできたといわれています。

当初は大仏殿に入っていましたが、明応7年(1498年)に東海道地方に大地震が起き、それに伴う津波によって流されてしまいます。

それ以来、大仏殿は再建されず、野ざらしの状態で現在に至っているのです。

鎌倉の大仏は高さが11メートルあまりあり、奈良の大仏よりも3メートルほど小さいものになります。

果たして重さはどのくらいあるのでしょう。

鎌倉の大仏の重さは、121トンだそうです。

どうして重さがわかったのでしょうか?

大仏は内部が空洞で、大仏の厚みと表面積などから計算されたものなのでしょうか?

昭和30年代半ば、補強工事が行われ、その際、実際に量られたのです。

大仏をジャッキで持ち上げ、その下にはかりを何台も潜り込ませて量った結果が121トンだったのです。

ちなみに、奈良の大仏のほうは、まだ実際に量られたことはありません。

その重さは、380~450トンだと推定されています。

震度5と6には強と弱がある

日本は地震の多い国です。

地震の強さ(揺れの強さ)を表す震度は0から7まであり、揺れが強くなるほど数字は大きくなります。

0、1、2、3、4、そして5、6にはそれぞれ「弱」(5弱、6弱)と「強」(5強、6強)があり、7が最大で、合計10の段階に分かれています。

どうして震度5と6には「弱」「強」があるのでしょうか。

震度が10段階になったのは平成8年(1996年)のこと。

それ以前は0から7までの7段階に分けられていました。

この8段階の震度は昭和24年(1949年)に設けられたもので、それが長い間用いられていました。

平成7年に阪神淡路大震災が起き、それをきっかけに従来の震度では震度5と震度6では発生する被害の程度に違いがありすぎるということで、見直されました。

それから「弱」と「強」に分けられたのです。

また、それまで体感と周囲の状況から決められていた震度を、震度計を使って測定することにしました。

5弱、5強、6弱、6強を、5、6、7、8として0から9までの10段階にしなかったのは、従来の0から7までのほうが世間に定着していたからなんだそうです。

従来は7が最大震度(強震)でした。

平成8年からの新しい震度でも同様なのです。

トヨタ自動車の企業城下町

名古屋鉄道三河線の「豊田市駅」は愛知県豊田市にあります。

豊田市は「世界のトヨタ」のトヨタ自動車の本社がある企業城下町として有名で、人口は愛知県下で名古屋市に次いで第2位の都市です。

市名の豊田はトヨタ自動車が進出したことに由来していて、豊田市に本社を置くことからトヨタ自動車になったのではありません。

豊田市はもともと1951(昭和26)年に挙母市(ころもし)として市制を敷いていて、トヨタ自動車が豊田自動車から独立してこの地に工場を建設することになり企業城下町として急成長していきました。

1958(昭和33)年、自動車産業を主軸として発展した挙母市を豊田市に改名するための請願書が提出されます。

古くからの歴史ある挙母の地名に愛着を持つ市民の反対もありましたが、挙母市の市民のほとんどが社員やその家族などがトヨタ自動車になんらかの関わりを持っていて、結局翌年に「豊田市」に改称されました。

会社名が地名にちなんでつけられるというケースはありますが、その地に本拠を置く団体名によって地名が変更されるのは稀であり、豊田市と奈良県の宗教都市・天理市だけのようです。

挙母市が豊田市と改名されたことに伴い、挙母市駅も豊田市駅と変更されました。